F-35Bミラマー墜落事故を読み解く ― 垂直着陸か、スローランディングか【初期分析】

米海兵隊航空基地ユマで垂直着陸を行うF-35B Lightning II。
写真:米海兵隊航空基地ユマで垂直着陸を行うF-35B Lightning II。
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この記事の要点

  • 2026年7月31日、米海兵隊のF-35Bがサンディエゴのミラマー基地で着陸進入中に墜落した。パイロットは射出して助かった。
  • F-35Bは、垂直に着陸できる唯一のF-35であり、そのために極めて複雑な推力制御システムを積んでいる。
  • 事故原因は未公表。 垂直着陸だったのか、リフトシステムを使いながら滑走路に降りる「スローランディング」だったのかも、まだ確定していない。
  • F-35Bには、リフトファンが壊れると機体が自動でパイロットを射出する機能がある。これが作動したかどうかが、原因究明の分岐点になる。
  • 近年のF-35の重大事故は、部品の破損よりも「センサーの情報」と「コンピュータの判断」の食い違いが決定的だった例が多い。

所要時間の目安:約15分


2026年7月31日午前10時ごろ(米太平洋夏時間)、米海兵隊のF-35B Lightning IIが、カリフォルニア州サンディエゴの海兵隊航空基地ミラマー(MCAS Miramar)で墜落した。パイロットは射出に成功し、生命に別状はないと発表されている。

この事故が世界的に注目されているのは、単に「最新鋭のステルス戦闘機が墜ちた」からではない。事故機がF-35シリーズの中で唯一、ヘリコプターのように空中で静止し、そのまま垂直に降りられるF-35Bだったからである。

そして、その能力を実現するために、F-35Bは世界でもっとも複雑な推力制御システムのひとつを機体内部に抱えている。

本記事では、公開情報をもとに、F-35Bがどういう仕組みで「浮いて」いるのか、現代の戦闘機がなぜコンピュータなしでは飛べないのか、そして今後の事故調査で何が焦点になるのかを、順を追って整理する。専門用語には都度説明を添え、記事末尾に用語集も置いた。

なお、事故原因は現時点で公表されておらず、本記事は公開情報に基づく技術的考察であって、原因を断定するものではない(詳細は末尾の「本記事の位置づけ」を参照)。


第1章【事実】何が確認され、何が分かっていないのか

目次

公式に確認されている事実

項目内容
発生日時2026年7月31日(金)午前10時ごろ(米太平洋夏時間)
発生場所海兵隊航空基地ミラマー(MCAS Miramar/KNKX)、カリフォルニア州サンディエゴ
機種ロッキード・マーティン F-35B Lightning II(単座・1名乗り)
所属第3海兵航空団(3rd MAW)、第11海兵航空群(MAG-11)
事故区分Class A mishap(米軍で最も重大な事故区分)
乗員パイロット1名。射出に成功。医療施設へ搬送され、生命に別状のない負傷で容体は安定
状況着陸進入中、滑走路24の手前に墜落。機体は炎上し、周辺で植生火災が発生

管制交信の記録には、ミラマー管制塔が消防に対して「F-35がショートファイナル(着陸直前の最終進入区間)で墜落」「パラシュートが展開しパイロットが射出した模様」と伝える音声が残されている。

報道・目撃証言に基づく情報(未確認

以下は複数の通信社が伝えた目撃者の証言であり、公式に確認された情報ではない

  • 2機のF-35Bが連続して滑走路に進入していた。1機目は正常に着陸したが、2機目が急激に減速した。
  • 目撃者は2機目について「ホバリングしようとしているかのように見えた」と表現している。
  • 高度約100フィート(約30m)でパイロットが射出し、パラシュートが展開した。

まだ分かっていないこと

事故直後の段階では、次の点はいずれも不明である。本記事の後半では、この「不明な部分」こそが調査の焦点になることを説明する。

  • 事故機がどの着陸方式を行おうとしていたのか(垂直着陸/スローランディング/通常着陸。第2章と第8章で詳述)
  • エンジンや推力系統に異常があったのか
  • 射出はパイロットが自分で行ったのか、機体が自動で行ったのか(F-35Bには自動射出機能がある。第5章で詳述)
  • 気象条件、先行機との間隔、機体の整備履歴

当ラボは、目撃者の「ホバリングしているように見えた」という表現を、垂直着陸が実施されていた証拠とは見なさない。 これは航空の専門知識を前提としない一般の目撃者の印象であり、着陸に向けた通常の減速や、異常発生後の速度低下・沈下も、同じように見える可能性があるためである。この点は第8章で詳しく検討する。


第2章 F-35Bはなぜ特別なのか

F-35はロッキード・マーティン社が開発した第5世代ステルス戦闘機で、米軍をはじめ多くの同盟国が採用している。同じ「F-35」でも、3つの型がある。

  • F-35A:ふつうの戦闘機。滑走路で離陸し、滑走路に降りる(空軍向け)
  • F-35B:短い滑走路で離陸し、垂直に降りられる(海兵隊向け)
  • F-35C:空母のカタパルトで射出され、ワイヤーで引っかけて着艦する(海軍向け)

外見はよく似ているが、中身はかなり違う。垂直に降りられるのはB型だけである。

なぜ「垂直に降りられる」ことが重要なのか

滑走路がなくても運用できるからである。強襲揚陸艦の短い甲板、破壊された飛行場、離島、前線の仮設基地──通常の戦闘機なら使えない場所から作戦を実施できる。戦力を一か所に集めず分散させる現代の作戦構想において、この能力の価値はむしろ高まっている。

日本の航空自衛隊も2025年8月7日に最初のF-35Bを新田原基地(宮崎県)に受領し、第202飛行隊で運用を開始した。護衛艦「いずも」型への搭載が計画されており、日本は事実上の空母運用能力を持つことになる。

よくある誤解:F-35Bは「垂直に離陸」しない STOVLとは「短距離離陸・垂直着陸」の略である。垂直離陸は技術的には可能だが、燃料と兵装をほとんど積めなくなるため、実運用ではまず行わない。離陸は短い滑走で行い、軽くなった帰りに垂直で降りる、というのが基本的な使い方である。

さらに言えば、降りるときも常に垂直とは限らない。 F-35Bには、リフトシステムを作動させながら前進速度を残して滑走路に接地する「スローランディング」という方式がある。垂直着陸より機体とエンジンへの負荷が低く、通常の滑走路がある基地では、こちらのほうが日常的に使われる。この区別は、第8章の考察で重要な意味を持つ。

能力の代償

垂直着陸のための装置は、機体の中で大きな容積と重量を占める。その結果、F-35BはA型・C型と比べて内部燃料が少なく(約6,100kg/A型は約8,300kg)、航続距離も兵装搭載量も制約を受ける。

「垂直に降りられる」という能力は、性能を削って買われたものなのである。そして次章で見るように、その代償は重量だけではなく、複雑さでもある。

画像:F-35A・F-35B・F-35C 比較図 ※3型の離着陸方式、STOVL関連装備の有無、主要諸元、運用コンセプトの違いを一覧できる。(注意:機体はイメージ。実機と細部が異なります。)

第3章 「浮く」ための4つの装置と、それを統合するコンピュータ

そもそも、なぜ普通の飛行機は空中で止まれないのか

飛行機が飛べるのは、翼が空気を切って進むことで揚力が生まれるからである。つまり前に進んでいることが飛行の前提であり、速度がゼロになれば翼は何の役にも立たない。

ホバリング(空中静止)では前進速度がほぼゼロになる。したがって、翼以外の方法で機体を支えなければならない。F-35Bは、エンジンの力を真下に向けるという方法でこれを実現している。

装置は主に4つある。

① リフトファン ― 床下の巨大な扇風機

コックピットのすぐ後ろ、機体の内部に、直径約1.27m(50インチ)の巨大なファンが埋め込まれている。エンジンから長い回転軸(ドライブシャフト)で動力を受けて回り、空気を真下に吹き下ろす。

発生する力は約20,000ポンド(約89kN)。重さに換算すると約9トンで、これはホバリング時に機体を支える力のおよそ半分にあたる。機体を空中に留める最大の力の源である。

このファンが吹き出すのは、エンジンの燃焼ガスではなく冷たい空気である。これには理由があり、高温の排気ばかりを地面に吹きつけると、跳ね返った熱い空気をエンジンが吸い込んでしまい、出力が落ちる。前方は冷気で支えることで、この現象を抑えている。

② 3BSM ― 下を向く排気口

機体後部の排気ノズル。通常の飛行では真後ろに排気を噴射しているが、垂直着陸のときには約95度、下向きに回転する(所要時間は約2.5秒)。掃除機のノズルを曲げるようなイメージで、排気口そのものが下を向く構造になっている。

発生する力は約18,000ポンド(約80kN)=約8トン。機体の後ろ半分を支えている。

③ ロールポスト ― 左右のバランサー

左右の主翼の付け根に、下向きの小さな噴射口がある。エンジンのバイパス空気を使い、片側あたり約1,950ポンド(約8.7kN)=約0.9トンの力を出す。左右の力の差で、機体の横方向の傾き(ロール)を制御する。

④ ドライブシャフトとクラッチ ― F-35B固有の弱点

エンジンからリフトファンへ動力を伝える機械系統である。伝達される力は最大約29,000軸馬力。垂直着陸モードに入るとクラッチが接続され、動力伝達が始まる。

これはA型・C型には存在しない、B型だけが持つ機械部品である。 そして後述するように、この系統が故障した場合の危険性は、設計段階から明確に認識されていた。

そして、これらを統合する飛行制御コンピュータ

以上の装置を統合して制御する中枢が、飛行制御コンピュータである。パイロットの操縦入力に加え、速度・高度・姿勢・迎角・加速度といった情報を毎秒何度も計算しながら、各装置に指令を出し続けている。

F-35Bは、これらすべてが正常に協調して初めて安定して浮いていられる。 垂直着陸中の推力の合計は約41,900ポンド(約186kN)、重さに換算して約19トン。これが機体の重量とほぼ釣り合っている。

画像:F-35B STOVL 推力配分図(概念図) ※各推力源の位置関係と推力比率を視覚化。(注意:機体はイメージ。実機と細部が異なります。)

第4章 ホバリングは「綱渡り」である

翼ではなく、推力で釣り合っている

ホバリング中のF-35Bは、機体重量のほぼすべてをエンジン推力で支えている。この状態は「飛行機」というより、**「推力で空中に釣り合っている物体」**に近い。

安定するための条件は、物理的にはとても単純である。

すべての推力を合成した力の向きが、機体の重心を通ること。

重心を通らなければ、機体は回転する力を受けて姿勢を崩す。ちょうど、皿を指1本で支えるとき、指が皿の中心からずれれば皿が傾いて落ちるのと同じである。

単純な条件を、複雑な制御で維持している

条件は単純でも、それを維持する制御は単純ではない。飛行制御コンピュータは毎秒数百回のペースで、

  • エンジン出力
  • リフトファンの推力
  • 3BSMの角度
  • 左右ロールポストの推力

を同時に調整し、さらに機首の向き、機体の傾き、横方向のずれ、前後のずれ、降下率までを補正し続けている。パイロットが「高度を保つ」と意図した瞬間、その裏では数百の計算が走っている。

移行の瞬間が最もきつい

通常飛行から垂直着陸に移る過程が、この機体にとって最も過酷な局面である。

減速するにつれて翼の揚力は急速に失われ、その分をエンジンが肩代わりしなければならない。エンジンは高出力運転となり、リフトファンの駆動、3BSMの偏向維持、ロールポストの作動が同時に行われる。熱の負荷も、機械的な負荷も、燃料消費率も、飛行中で特に大きい状態になる。

そして高度が低ければ、異常が起きたときに修正できる時間は限られる。この飛行フェーズがF-35Bにとって最も難易度が高いとされるのは、そのためである。

画像:ホバリング時の力の流れ(F-35B) ※重心を中心とした力の釣り合いと、ピッチ・ロール・ヨー各方向の制御の仕組みを図解。(注意:機体はイメージ。実機と細部が異なります。)

第5章 ヘリコプターとは、根本的に違う

F-35Bは空中で静止できることから、「戦闘機とヘリコプターの中間」と誤解されることがある。しかし、浮いている原理はまったく別物である。

決定的な違いは「エンジンが止まったとき」

ヘリコプターは、回転翼が空気を下に押すことで浮いている。そして、エンジンが止まっても、十分な高度があれば助かる可能性がある。 降下する際の気流でローターを回し続け、その回転エネルギーを着地の直前に揚力へ変換する「オートローテーション」という技法があるからだ。ローターの回転そのものが、いわば保険として機能している。

F-35Bは、ジェット推力を下向きに吹くことで浮いている。リフトファンはエンジンからシャフトで駆動されており、オートローテーションのような回転維持機能を目的として設計されてはいない。

つまり、ホバリング中に大きな推力を失った場合、ヘリコプターのような回復手段は期待できない。

画像:ヘリコプターとF-35Bのホバリング比較 ※揚力の発生原理、姿勢制御の方式、エンジン停止時の挙動の違いを対比。(注意:機体はイメージ。実機と細部が異なります。)

F-35Bだけが持つ「自動射出」機能 ― この記事で最も重要な事実

この構造的な弱点を、設計者たちは明確に認識していた。その証拠が、座席に組み込まれている。

F-35の射出座席はマーティン・ベイカー社製のUS16Eで、3型とも共通である。しかしF-35B型に搭載されたものだけに、自動射出(auto-eject)機能が組み込まれている。 同社の公式資料には、この機能は「F-35のSTOVL型(F-35B)でのみ有効であり、リフトファンが故障した場合に作動する」と明記されている。

理由は明快である。

ホバリング中にリフトファンが止まると、機体前方を支えていた力が消え、機首は約1秒で急激に下を向く。 これは、パイロットが異常に気づき、射出ハンドルを探して引くまでに必要な時間より短い。人間の反応を待っていては間に合わないのだ。だから、機体が自分で判断して座席を撃ち出す。

同じ思想は、冷戦期のソ連製垂直離着陸機Yak-38・Yak-141にも採用されていた。

この機能が存在すること自体が、STOVL機のホバリング中における推力喪失が、いかに回復困難な事象と評価されているかを物語っている。 そして今回の事故において、この機能が作動したのかどうかは、原因究明上の重要な分岐点となる(第8章)。


第6章 現代の戦闘機は「コンピュータが飛ばしている」

ここで少し視野を広げ、現代の戦闘機に共通する設計思想を見ておきたい。今回の事故調査の対象を理解するうえで欠かせない前提である。

旅客機とは、目指すものが正反対

旅客機は、安全性と安定性を最優先に設計されている。操縦桿から手を離しても、機体は自然に姿勢を戻そうとする。これを「静安定性」という。

戦闘機に求められるのは、その逆に近い。高速性能、急旋回、高G機動、素早い加減速、そしてステルス性。そのため主翼は小さく薄く、胴体と一体化した形状になり、空気抵抗は極限まで削られている。高速域では優れた性能を発揮するが、低速域では揚力が乏しく、操縦特性も敏感になる。

わざと「不安定」に作られている

第4世代以降の戦闘機では、リラックスド・スタティック・スタビリティ(緩和静安定) という設計思想が広く採用されている。ひとことで言えば、機体をあえて安定しないように設計するという考え方である。

安定した機体は、姿勢を変えようとしても元に戻ろうとする。不安定な機体は、少し傾ければどんどん傾いていく。後者のほうが、機首を素早く向けられ、旋回性能が高い。

三輪車と自転車の関係に似ている。 三輪車は手を離しても倒れないが、機敏には曲がれない。自転車は放っておけば倒れるが、そのぶん軽快に動く。現代の戦闘機は、自転車どころか「常に倒れかけている棒」に近い。それを飛行制御コンピュータが毎秒数百回以上補正することで、初めて操縦可能な乗り物として成立している。

フライ・バイ・ワイヤ ― 操縦桿は「お願い」を送っている

現代の戦闘機では、フライ・バイ・ワイヤ(FBW)が標準である。

  • :操縦桿 → ワイヤー → 油圧 → 舵面(物理的につながっている)
  • :操縦桿 → コンピュータ → 舵面

そして、このコンピュータには、速度・高度・姿勢・迎角といった各種センサーの情報が常時流れ込んでいる。コンピュータは、パイロットの入力とセンサー情報の両方を突き合わせ、「今この機体状態で、この要求を実現するには舵をどれだけ動かすべきか」を計算したうえで指令を出している。

つまり、パイロットの操作は「舵をこれだけ動かせ」という直接の命令ではなく、「こう機動したい」という要求である。実際に舵をどれだけ動かすかは、コンピュータが機体の状態を見ながら決めている。

自動車のアクセルペダルが、機械的にスロットルを引っ張る仕組みから、電子信号でエンジンに要求を伝える仕組みに変わったのと同じ発想である。

F-35Bの垂直着陸モードでは、これに加えてエンジン出力、リフトファン、3BSM、ロールポストまでが同じ制御の輪の中に入る。計算しなければならない対象が、通常の戦闘機よりさらに多い。

さらに現代の戦闘機では、レーダー、赤外線センサー、電子戦装置、GPS、慣性航法装置、エンジン制御、武器管制までもがコンピュータで統合管理されている。機械の頑丈さだけでなく、ソフトウェアの品質が安全性に直結する時代になっている。


第7章【事実】過去の事故が示していること

前章の話は抽象的に聞こえるかもしれない。しかし、これは実際に事故として現れている。

近年のF-35の重大事故には、「部品が壊れたから墜ちた」という単純な話ではなく、センサーが送った情報と、飛行制御コンピュータの判断が噛み合わなかったことが決定的だった事例が複数ある。

事例1:F-35A|ヒル空軍基地(2022年10月19日)

ユタ州。4機編隊で訓練から戻り、3番機として着陸進入していたF-35Aが墜落した。

空軍事故調査委員会の報告によれば、パイロットは最終進入中、先行機が残した乱れた空気(後方乱気流) による軽い振動を感じた。この擾乱はわずか約3秒だったが、その間に機体の「エアデータ・アプリケーション」──速度や高度を計算するソフトウェア──に誤った値が入った。

システムは外部からのデータを断続的に無視するループに陥り、機体が「自分は今こう飛んでいる」と認識している状態が、実際の飛行状態からどんどんずれていった。 その結果、操縦入力に対して飛行制御が正しく応答しなくなった。

パイロットはアフターバーナー全開で立て直そうとしたが、低高度・低速・横滑りという条件では回復できず、射出。機体は全損(損失額約1億6,630万ドル)。報告書は「F-35は60万飛行時間以上を蓄積しているが、後方乱気流がエアデータ系にこのような影響を与えた既知の事例は初めて」と記している。

事例2:F-35A|アイルソン空軍基地(2025年1月28日)

アラスカ州。太平洋空軍の報告によれば、根本原因は意外なところにあった。作動油(油圧の作動液)に水が混入していたのである。

極寒の環境で、その水分が凍結。前脚と主脚の支柱(ストラット)が完全に伸びなくなった。ここからが本題である。

製造元の説明によれば、脚の支柱が所定の長さまで伸びない場合、「機体が地上にあるか空中にあるか」を判定するセンサー(WoWセンサー)が「地上にある」と報告してしまう。 そしてこのセンサーは、飛行制御の計算則を構成する要素のひとつである。

つまり、飛行中の機体が「自分は地面にいる」と認識した状態が生じた。パイロットは製造元・部隊指揮所を交えて約50分間の空中協議を行い、タッチアンドゴーによる復旧を2回試みたが、その過程で機体の制御を失い射出。中位脊椎の圧迫骨折を負った。機体は全損(約1億9,650万ドル)。

調査官は、2024年4月に製造元が「このセンサーの問題が機体の操縦性に問題を引き起こし得る」と警告する整備通達を出していた点を指摘し、それが参照されていれば別の判断が助言されていた可能性が高いとの意見を付している。

事例3:他機種でも同じことが起きてきた

  • JAS 39 グリペン:1989年の試作機事故、1993年のストックホルム展示飛行事故は、いずれも飛行制御ソフトウェアに起因する振動現象(PIO)が要因とされた。その後、制御則が全面的に見直されている。
  • F-22 ラプター:酸素供給システムの問題により2011年に全機飛行停止。アビオニクス・飛行制御関連でも大規模なソフトウェア更新が繰り返されてきた。
  • ユーロファイター・タイフーン/F/A-18E/F:運用開始後も飛行制御ソフトウェアの更新が継続的に行われている。現代の戦闘機において、ソフトウェア改修は例外ではなく常態である。

この章の要点

センサーが誤った情報を送り、飛行制御がそれを信じ、結果として機体が制御不能に至る。 この連鎖が、現代の戦闘機における重大事故の典型的なパターンのひとつになっている。

だからこそ、今回の事故調査でも「エンジンが壊れたかどうか」だけを見ることはあり得ない。


第8章【考察】どの段階で、何が起きたのか

ここからは当ラボによる考察であり、確認された事実ではない。

米海兵隊の正式な事故調査は始まったばかりで、原因は一切公表されていない。以下に示すのは、公開情報と機体の構造から導かれる仮説と論点の整理であり、今後の公式調査結果によって否定され得るものである。この前提のうえで読み進めていただきたい。

論点1:どの着陸方式を行おうとしていたのか

F-35Bの着陸には、大きく3つの方式がある。この区別が、事故の解釈を大きく左右する。

  • ① 垂直着陸(VL):ホバリングから真下に降りる。リフトシステムを全開で使用する。
  • ② スローランディング(SL):リフトシステムを作動させたまま、前進速度を残して滑走路に接地する。垂直着陸より負荷が低く、通常の滑走路がある基地では日常的に行われる。
  • ③ 通常着陸(CTOL):リフトシステムを一切使わず、他の戦闘機と同じように降りる。

ここで決定的な意味を持つのが、機体の「扉」である。

ロッキード・マーティンが公表している作動シーケンスによれば、通常飛行からSTOVLモードへ移行する際には、リフトファンの吸気扉・排気扉、ロールノズル扉、胴体上面の補助吸気扉、後部3BSM扉がすべて開き始め、全ての扉が開いた時点でクラッチが接続される。逆に言えば、扉が開いていない機体はSTOVLモードに入っていない。

事故機の映像・写真においてリフトファン扉の開放が確認できる場合、③の通常着陸は排除される。 機体はSTOVLモードへの移行を開始していたか、既に移行を完了していたことになる。

ただし、①と②は扉の状態だけでは区別できない。 どちらもリフトシステムを作動させるためである。

ここで、目撃証言の「2機が連続して進入し、1機目は正常に着陸した」という情報が意味を持つ。2機が連続して同じ滑走路に垂直着陸する運用は、訓練としてはあり得るが一般的ではない。 一方、スローランディングであれば連続進入はごく自然であり、通常の滑走路を持つミラマーでの日常的な訓練形態と整合する。

当ラボの現時点の評価は次の通りである。

  • リフトファン扉の開放が確認されれば、STOVLモードでの進入であった可能性が高い
  • そのうえで、垂直着陸よりスローランディングであった可能性のほうが高いと考える。
  • 目撃者の「ホバリングしようとしているように見えた」という印象は、意図的なホバリング移行ではなく、スローランディング中に推力または姿勢の異常が生じ、速度が急激に落ちていく様子であった可能性がある。

なお、この推定には検証上の限界がある。 残骸における扉の位置は、衝突の衝撃、火災、油圧喪失によっても変化し得るため、それ単独では墜落前の状態を確定できない。墜落前の飛行中の映像において扉の開放が確認できるかどうかが、この論点の決定的な検証条件となる。

ただし、公開画像において機体上部の構造が比較的良好に保たれている点は、この限界をある程度緩和する。リフトファンの吸気扉および補助吸気扉は、いずれも胴体上面に位置する。その周辺構造が潰れていないのであれば、扉の位置が衝撃によって二次的に変化した可能性は相対的に低く、開放状態が墜落前の指令状態を反映しているとする解釈は補強される。

論点2:残骸の状態は何を示すか

公開された画像において、事故機は主翼、垂直尾翼、キャノピーがいずれも原形を保っている。高速で地表に突入した場合、これらの構造が残ることは考えにくい。したがって、接地時の速度は比較的低かったと推定される。

ただし、この所見から着陸方式を特定することはできない。

報じられている射出高度は約30mである。この高度から推力を失って落下した場合、接地時の垂直速度は自由落下でも毎秒約24m(時速約87km)にとどまる。この程度の速度であれば、主翼・垂直尾翼・キャノピーが原形を保つことは十分にあり得る。

さらに本質的な問題として、リフトファンが停止すれば、垂直着陸中であってもスローランディング中であっても、機体はほぼ真下に落下する。 前進速度を残したスローランディング中であっても、その速度は数十ノット程度であり、水平方向の破壊エネルギーは小さい。

つまり「構造が残存している」という所見は、低速接地を裏づけはするが、垂直着陸とスローランディングを区別する材料にはならない。

「衝撃が小さいからスローランディング」とは言えない

ここで、ひとつ注意すべき論法がある。「衝撃が小さかったのだから、より穏やかな着陸方式だったはずだ」という推論である。

これは成立しにくい。スローランディングは前進速度を残す方式であり、垂直着陸よりも水平方向の運動エネルギーは大きい。 構造の残存度だけを見るならば、前進速度がほぼゼロである垂直着陸のほうが、むしろ整合的である。

したがって、当ラボがスローランディングをより有力と考える根拠は、残骸の状態ではない。 論点1で述べた運用上の整合性──編隊による連続進入、通常滑走路を持つ基地であること、垂直着陸が艦上運用や特定の訓練科目に限られること──に基づくものである。

そして、この2つの証拠がわずかに異なる方向を指していること自体が、現時点で断定を避けるべき理由である。 運用実態はスローランディングを、残骸の状態は(ごく弱く)垂直着陸を示唆している。どちらが正しいかを決めるには、次に述べる所見が必要になる。

区別しうる所見

これに対し、次の3点は両者を区別できる可能性がある。

  1. 残骸の散乱範囲と方向:前進速度があれば、散乱域は進行方向に細長く伸び、接地痕も流れる。真下に落下していれば、散乱範囲は一点に圧縮される。
  2. 降着装置と機体下面の変形:垂直方向の荷重が支配的であれば、脚部と下部胴体に損傷が集中する。
  3. 接地痕と最終停止位置の一致:両者が一致していれば、前進速度はほぼゼロだったことになる。

現時点の報道は、墜落位置について「滑走路24の手前の未舗装地」とするものと「フライトライン上」とするものが混在しており、目撃者は「滑走路に突っ込んだ」「別の機体のすぐ横に落ちた」と述べている。駐機中の機体の位置まで到達していたとすれば、一定の前進成分が存在したことになる。 この点は現時点で確定できない。

当ラボは、正式な調査報告に含まれる残骸分布図(wreckage distribution)の公表を待つ必要があると考える。

論点3:STOVLモードだった場合、調査の重心はどこへ移るか

仮にSTOVLモードでの進入であったとすれば、事故調査の重心は明確に移動する。

リフトファン、ドライブシャフト、クラッチ、3BSM、ロールポストというB型固有の系統が、いずれも作動中だったことになるからである。これらはA型・C型には存在せず、したがって過去のF-35A事故の知見が直接には適用できない領域である。

そして、論点5で述べる自動射出の可能性も、格段に現実味を増す。

論点4:編隊進入という状況の意味

「2機が連続して進入し、後続機が異常を起こした」という構図は、第7章で紹介した2022年ヒル空軍基地事故の状況と、形として似ている。 同事故では、先行機の後方乱気流が後続機のセンサー系に誤った値を入れ、飛行制御が実際の飛行状態を見失った。

これは今回の事故に同じ機序が働いたことを意味しない。しかし、編隊進入時の後方乱気流と飛行制御系の相互作用は、F-35において実際に重大事故を引き起こした既知の要因であり、調査対象から外れることはないと考えられる。

とりわけF-35Bは、リフトファンを使う際に機体上面の扉が開くため、低速・高迎角域での空気の流れが通常型と異なる。

論点5:射出は誰が行ったのか

第5章で述べた通り、F-35Bにはリフトファン故障時に作動する自動射出機能が搭載されている。

報じられている高度約30mで、仮に急激な推力喪失が発生したとすれば、回復操作に使える時間は数秒しかない。この状況で、パイロットが自ら射出を決断したのか、それとも機体が自動的に射出を実行したのかは、現時点の公開情報からは判別できない。

この区別は、事故の性格を決定づける。

  • 自動射出が作動していた場合:それは飛行制御システムがリフトファン系の故障を検知していたことを意味する。つまり、機体はSTOVLモード(垂直着陸またはスローランディング)にあり、原因は推力系統にある可能性が高くなる。論点1・論点3で述べたB型固有系統が、そのまま最重要の調査対象となる。
  • パイロットの手動射出だった場合:リフトファン以外の異常──飛行制御、センサー、姿勢喪失など──を含め、より広い原因が残る。

当ラボは、今後の公式発表においてこの点が明らかにされるかどうかを注視している。

論点6:所属部隊について

発表された所属は「第3海兵航空団、第11海兵航空群(MAG-11)」である。

MAG-11はミラマーを本拠とする航空群で、F-35Cを運用する2個飛行隊に加え、F-35Bの機種転換訓練部隊(教育飛行隊)であるVMFAT-502が所属している。 海兵隊の実戦F-35B飛行隊は主にユマおよび岩国に配置されているため、「MAG-11所属のF-35B」という発表内容は、この訓練部隊の機体であった可能性を示唆する。

ただしこれは部隊編成からの推定にすぎず、公式に確認された情報ではない。 仮に訓練部隊の機体であった場合、搭乗者の練度や実施していた訓練科目という要素が、調査対象に加わることになる。

画像:今回のF-35B事故 推定フェーズ図(公開情報に基づく推定)(注意:機体はイメージ。実機と細部が異なります。)

※※本図は、論点1の①「垂直着陸」を前提とした場合の飛行の流れを図示したものである。②スローランディングであった場合は、機体が低い前進速度(開発試験では40ノットでの進入が公表されている)を保ったまま滑走路へ進入する点が異なる。いずれにせよ本図は推定であり、事故原因を示すものではない。


第9章【考察】調査で焦点となる9つの項目

米海兵隊の調査では、機体の残骸だけでなく、飛行データ、電子システム、整備記録、管制交信など多角的な解析が行われる。F-35Bの構造を踏まえると、次の項目が重点的に検証される可能性が高い。

① エンジン(F135-PW-600) 正常な推力を維持していたか。圧縮機・タービンに異常はなかったか。燃料供給と電子制御装置(FADEC)は正常に作動していたか。

② リフトファンと駆動系 ファンは正常に回転していたか。クラッチは正常につながっていたか。ドライブシャフトに異常はなかったか。自動射出が作動していた場合、この系統が最重要の調査対象となる。

③ 3BSM(後方の偏向ノズル) 必要な角度まで正常に回転していたか。作動部に異常はなかったか。

④ ロールポスト 左右の推力バランスは正常だったか。姿勢制御に影響する異常はなかったか。

⑤ 飛行制御コンピュータ ソフトウェアは正常だったか。各センサーから正しいデータを受信していたか。異常検知や保護機能は適切に働いたか。

⑥ センサー類 迎角、高度、速度、姿勢、GPS、慣性航法装置、接地判定センサーなど。ヒル基地事故もアイルソン基地事故も、まさにこの領域が焦点となった。

⑦ 進入時の環境条件 先行機との間隔、後方乱気流の有無、気象条件。編隊進入であったことが確認されれば、この項目の重要度は上がる。

⑧ 射出シーケンス 射出は手動か自動か。射出時点の機体姿勢、高度、降下率。

⑨ 残骸の分布と接地痕 散乱範囲は進行方向に伸びていたか、一点に圧縮されていたか。降着装置と機体下面の変形はどうか。接地痕と最終停止位置は一致するか。論点2で述べた通り、この解析が着陸方式の特定につながる可能性がある。

原因は「ひとつ」とは限らない

現代の戦闘機は、エンジン、センサー、コンピュータ、ソフトウェア、油圧、電源、飛行制御、通信が一体となった巨大なシステムである。

したがって事故原因もひとつとは限らない。センサーの異常が飛行制御に影響し、飛行制御がエンジン制御に影響し、結果として姿勢を維持できなくなる──このような連鎖は、近年の航空事故では珍しくない。

アイルソン基地の事故は、その典型である。作動油への水の混入という整備上の問題が、センサーの判定に波及し、飛行制御の挙動を変え、最終的には乗員と地上支援者の意思決定にまで影響した。出発点は「油に混じった水」だったのである。


第10章 それでも、STOVL技術の価値は変わらない

今回の事故によって、F-35Bの価値が損なわれるわけではない。

垂直着陸能力は、世界でも限られた航空機しか持たない能力である。滑走路が破壊された状況、離島、強襲揚陸艦、前線基地──通常の戦闘機では運用できない場所から作戦を実施できる。分散運用が重視される現代の作戦構想において、その戦略的重要性はむしろ高まっている。

航空技術の歴史を振り返れば、重大事故のたびに設計や運用が改善され、安全性が高められてきた。今回の調査も、単なる一事故の解明にとどまらず、STOVLシステム全体の安全性向上に資する知見をもたらす可能性がある。

実際、アイルソン基地事故の報告書は整備手順と危険物管理の問題を指摘し、ヒル基地事故の報告書は後方乱気流に関する手順の周知不足を指摘した。事故調査の価値は、原因を特定することだけでなく、こうした運用上の是正点を抽出することにもある。


第11章 情報が少ないからこそ、冷静に

航空事故が起きると、SNSではさまざまな推測が飛び交う。「エンジン故障だ」「コンピュータが原因だ」「パイロットのミスだ」──しかし、事故直後の情報だけで原因を断定することは極めて危険である。

航空事故調査は、残骸、飛行データ、音声記録、整備記録、部品解析、ソフトウェア解析といった膨大なデータを積み重ね、ひとつずつ検証して初めて結論に至る。アイルソン基地事故の報告書が公表されるまでには、約7か月を要した。

現時点で重要なのは、「何が原因だったか」を決めつけることではなく、「どのような可能性があり、これから何が調べられるのか」を整理することである。

当ラボでは、航空事故が発生した際、センセーショナルな憶測や断定ではなく、公開情報と航空工学・運航・整備・事故調査の知見に基づいて、技術的背景と調査の論点を提示することを重視している。事故直後であっても、航空機の設計思想やシステム構成、運用環境を理解すれば、「なぜその事象が調査対象となるのか」を整理することは可能である。

F-35Bは、戦闘機、高性能コンピュータ、垂直離着陸機という3つの技術を融合させた航空機である。その能力は、最先端のエンジン技術、垂直着陸システム、飛行制御コンピュータ、そして高度なソフトウェアによって支えられている。

一方で、それだけ複雑だからこそ、事故調査では機械的な要因だけでなく、センサー、飛行制御、ソフトウェア、推力制御を含めたシステム全体の検証が必要となる。

今後公表される調査結果によって新たな事実が明らかになれば、本事故に対する評価も更新されるだろう。当ラボは、引き続き公式発表と技術資料を注視しながら、必要に応じて続報を提供していく。


まとめ ― 本記事の要点

確認されていること

  • 2026年7月31日午前10時ごろ、米海兵隊のF-35Bが、サンディエゴのミラマー基地で着陸進入中に滑走路手前に墜落し、炎上した。
  • パイロットは射出に成功し、生命に別状はない。事故区分は米軍で最も重大な「Class A mishap」。
  • 所属は第3海兵航空団・第11海兵航空群。管制交信には「ショートファイナルでの墜落」と記録されている。

確認されていないこと

  • どの着陸方式だったのか。 垂直着陸、スローランディング(リフトシステム作動下の滑走路着陸)、通常着陸のいずれか。STOVL関連の扉が開いていれば通常着陸は排除されるが、前二者は扉の状態だけでは区別できない。
  • エンジンや推力系統に異常があったのか。
  • 射出はパイロットが行ったのか、機体が自動で行ったのか。 F-35Bはリフトファン故障時に自動射出する唯一の機体であり、この判別は事故の性格を決定づける。
  • 気象条件、先行機との間隔、機体の整備履歴。

技術的に押さえるべき3点

  1. F-35Bは翼ではなく推力で浮いている。 垂直着陸中は、リフトファン(約9トン)・3BSM(約8トン)・ロールポスト(左右計約2トン)の合計約19トンが機体重量と釣り合っている。すべての力の合力が重心を通ることが安定の条件であり、わずかな崩れが姿勢の変化に直結する。
  2. ヘリコプターのような回復手段がない。 リフトファンはエンジンからシャフトで駆動されるため、オートローテーションに相当する機能を持たない。推力を失えば機首は約1秒で下を向く。自動射出機能の存在自体が、この危険性を設計側が認識していた証拠である。
  3. 現代の戦闘機はコンピュータが飛ばしている。 機体はあえて不安定に設計され、飛行制御コンピュータが毎秒数百回補正することで成立している。したがって、センサーが誤った情報を送れば、部品が健全でも機体は制御を失い得る。

調査で焦点となること

エンジン、リフトファンと駆動系、3BSM、ロールポスト、飛行制御コンピュータ、各種センサー、進入時の環境条件、射出シーケンス、残骸の分布と接地痕──この9項目である。

そして、原因はひとつとは限らない。 2025年のアイルソン基地事故では、作動油に混入した水が凍り、それが接地判定センサーの誤作動を招き、飛行制御の挙動を変え、最終的に機体が失われた。出発点は「油に混じった水」だった。

現時点で重要なのは、原因を決めつけることではなく、何が調べられようとしているのかを理解することである。


本記事の位置づけ

本記事は、公開情報(OSINT)に基づく技術的考察である。

執筆時点において、米海兵隊は本事故の原因を公表しておらず、正式な事故調査は開始されたばかりである。本記事は事故原因を断定するものではない。

記事中では、確認された事実と当ラボによる推定を、次のように区別している。

  • 第1章および第7章:公式発表、当局の事故調査報告書、管制交信記録などに基づく事実。ただし第1章の「報道・目撃証言に基づく情報」は未確認情報として明示している。
  • 第8章および第9章:当ラボによる考察。公開情報と機体構造から導かれる仮説であり、公式調査結果によって否定され得る。

とりわけ、飛行フェーズの解釈、射出が手動か自動かの判別、所属部隊に関する推定は、いずれも確認された事実ではない。

当ラボは、正式な調査結果が公表され次第、本記事の内容を検証し、必要に応じて更新または訂正を行う。


用語集

用語説明
STOVL短距離離陸・垂直着陸。短い滑走で離陸し、垂直に降りる方式。
ホバリング空中で静止すること。前進速度がほぼゼロの状態。
垂直着陸(VL)ホバリング状態から真下に降下して接地する着陸方式。
スローランディング(SL)リフトシステムを作動させたまま、前進速度を残して滑走路に接地する着陸方式。垂直着陸より負荷が低い。
リフトファン機体前方の床下に埋め込まれた揚力用ファン。エンジンからシャフトで駆動される。
3BSM3軸受回転式排気ノズル。約95度下向きに曲がる後部排気口。
ロールポスト主翼付け根にある下向きの補助噴射口。左右の力の差で機体の傾きを制御する。
ドライブシャフト/クラッチエンジンからリフトファンへ動力を伝える機械部品。B型にのみ存在する。
自動射出(auto-eject)リフトファン故障時に、パイロットの操作なしで座席を作動させる機能。F-35Bのみ搭載。
FADEC全電子式エンジン制御装置。エンジンを電子的に管理する。
フライ・バイ・ワイヤ(FBW)操縦入力を電気信号としてコンピュータ経由で舵面に伝える方式。
緩和静安定(RSS)機体をあえて不安定に設計し、運動性能を高める設計思想。
飛行制御則(CLAW)センサー情報から舵面や推力の指令値を導く制御プログラム。
エアデータ系(ADA)対気速度や高度を計算・処理する系統。
接地判定センサー(WoW)機体が地上にあるか空中にあるかを判定するセンサー。
後方乱気流先行する航空機が残す渦状の乱れた空気。
オートローテーションヘリコプターがエンジン停止時、気流でローターを回して降下・着陸する技法。
ショートファイナル着陸直前の最終進入区間。
Class A mishap米軍で最も重大な事故区分。死亡・恒久的障害・機体全損などを伴う。
AIB米軍の事故調査委員会。

関連情報(一次資料)

本記事の中核となる技術的記述は、いずれも以下の一次資料に基づいている。より詳しく確認したい読者は、直接参照されたい。

① Martin-Baker「US16E For F-35」(射出座席メーカー公式) https://martin-baker.com/ejection-seats/us16e/ 第5章で扱った自動射出機能の出典。「F-35のSTOVL型でのみ有効であり、リフトファンが故障した場合に作動する」との記述が確認できる。本記事が最も重視した論点の根拠である。

② Rolls-Royce「LiftSystem Datasheet」(リフトシステム開発元公式・PDF) https://www.rolls-royce.com/~/media/Files/R/Rolls-Royce/documents/defence/VCOMB-4202-Rolls-Royce-LiftSystem-datasheet.pdf 第3章の推力値(リフトファン20,000 lbf、3BSM 18,000 lbf、3BSMの95度/2.5秒の偏向)の出典。STOVLシステムの構成を最も正確に把握できる資料。

③ Air Combat Command「F-35A事故調査委員会報告書の公表について」(米空軍公式) https://www.acc.af.mil/News/Article-Display/Article/3473128/acc-releases-accident-investigation-board-report-for-f-35a-crash-in-utah/ 第7章で扱った2022年ヒル空軍基地事故の公式発表。後方乱気流がエアデータ系に与えた影響という、本記事の論点4に直結する先例である。


その他の参照情報源

上記の一次資料に加え、本記事は次の情報源を参照している。

  • 米海兵隊/第3海兵航空団 公式声明(2026年7月31日)
  • LiveATC.net 管制交信記録(MCAS Miramar)
  • Pacific Air Forces「F-35A事故調査委員会報告書(Eielson AFB/2025年1月28日)」
  • Lockheed Martin F-35 公式諸元資料およびSTOVL作動シーケンス資料
  • 防衛省・航空自衛隊 公表資料(F-35B新田原基地配備)
  • 報道各社(USNI News、CNN、AP通信、Stars and Stripes ほか)

航空インテリジェンスラボ|2026年8月1日分析

米海兵隊航空基地ユマで垂直着陸を行うF-35B Lightning II。

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