📘 新刊|『飛行機は、なぜそこを飛んでいるのか』 Kindle Unlimited対象 Amazonで見る →
アナク・クラカタウ噴火はなぜ航空便を止めたのか——火山灰1万メートルの脅威とBA009便の教訓

この記事の要点
- 火山灰は噴煙とともに高度1万メートル前後まで上昇することがあり、これは現代の旅客機の巡航高度帯と重なる
- 硬い鉱物粒子である火山灰はジェットエンジン内部で溶融・固化し、推力低下やフレームアウト(エンジン停止)を招く可能性があるほか、ウインドシールドやセンサー類も損傷し得る
- 1982年のBA009便、1989年のKLM867便では、いずれもB747が4基全エンジンの推力を一時喪失する事態が発生した
- 火山灰対策は「火山からの距離」だけでなく、高度・風向・拡散予測を組み合わせた動的なリスク管理であり、2017年のバリ島の事例では風向きの変化により運航が再開されている
- 2026年9月にはインドネシア・アナク・クラカタウの噴火で、実際に数千便規模の欠航・遅延と複数空港の一時閉鎖が発生した
火山が大規模な噴火を起こすと、周辺空港では航空便の欠航・遅延が相次ぎ、空港そのものが一時的に機能停止することもある。
ニュースだけを見ると「火山の近くで危険だから飛行機を止めている」という理解にとどまりがちだが、航空の世界で火山灰が警戒される本質的な理由は、それだけではないと当ラボはみている。
【事実】火山灰は旅客機の巡航高度まで達する
大規模な噴火では、噴煙・火山灰雲が高度1万メートル(約33,000ft)を超えて上昇することがある。これは、B737・A320といった中短距離機からB787・A350などの長距離機まで、現代のジェット旅客機が日常的に飛行する巡航高度帯そのものである。
さらに火山灰は上空の風によって噴火点から数百km、時にそれ以上離れた空域まで運ばれる。したがって航空影響の評価には「火山からの水平距離」だけでなく、火山灰がどの高度に存在し、どの方向へ移動し、航空路・空港とどう重なるかという立体的な把握が必要になる。
【事実】火山灰の物理的性質とエンジンへの影響
火山灰は焚き火などで生じる柔らかな灰とは異なり、微細な岩石・鉱物・火山ガラスなどの硬い粒子で構成される。旅客機は巡航中、時速800〜900km前後で飛行しており、この速度で大量の火山灰に突入すると、機体は高速の研磨材にさらされ続けるような状態になる。
影響はエンジンにとどまらず、ウインドシールド、翼前縁、各種センサー、アンテナなど機体各部に及ぶ可能性がある。なかでも深刻とされるのがジェットエンジンへの影響である。
ジェットエンジンは飛行中に大量の空気を吸い込むため、火山灰雲に入ればエンジン内部にも大量の灰が吸入される。エンジン内部の高温部で火山灰中のガラス質などが溶融し、その後、比較的温度の低い部分で冷却されるとタービン等に付着・固化する可能性がある。これにより本来の空気の流れが乱れ、コンプレッサーストール→推力低下→燃焼状態の悪化→フレームアウト(エンジン停止)という経過をたどるリスクがあるとされる。
ウインドシールドについても、火山灰の衝突による研磨作用で表面が損傷し、深刻な場合には視界を著しく妨げる状態(すりガラス状)になり得る。ピトー・スタティック系統を含むセンサー類への影響も指摘されている。
【事実】BA009便(1982年)——4発機が全エンジン推力を喪失
火山灰の危険性を航空史に刻んだ事例が、1982年6月24日に発生した英国大手航空会社の便(使用機材:ボーイング747)である。同機はクアラルンプールからパースへ向け巡航高度約37,000ftを飛行中、インドネシア・ガルングン山の噴火による火山灰雲に遭遇し、4基あるエンジンすべてが推力を喪失した。
機体はエンジン推力を失った状態で降下を続けたが、火山灰雲を離脱した後にエンジンの再始動に成功し、ジャカルタ(ハリム・ペルダナクスマ空港)へ着陸した。事後の調査では、ウインドシールドも研磨作用によって著しく損傷し、外部視界が大きく悪化していたことが判明している。当時、火山灰は気象レーダーで検知できず(乾いた灰は水分を検知するレーダーに映らないため)、乗員はエンジン停止の原因を着陸後まで特定できなかったとされる。

【事実】KLM867便(1989年)——再び4発機全エンジン喪失
1989年12月15日には、アラスカのリダウト山の噴火による火山灰雲に、アムステルダム発アンカレッジ経由成田行きのボーイング747-400型機が遭遇した。高度約25,000ftを降下中に火山灰雲へ進入し、4基のGE製CF6-80C2エンジンがすべてフレームアウト。機体は約27,900ftから13,300ftまで高度を失った後、乗員が全エンジンの再始動に成功し、アンカレッジへ緊急着陸した。負傷者・死者はいなかったが、機体修理には多額の費用を要したと報じられている。

この事例は、火山灰による全エンジン推力喪失がBA009便に限った特異事象ではなく、再現し得るリスクであることを示した。KLM867便の調査結果は、その後のVAAC(航空路火山灰情報センター)体制構築を後押しした要因のひとつとされる。

【事実】VAAC体制による監視と情報発表
現在の国際航空では、VAAC(Volcanic Ash Advisory Centre:航空路火山灰情報センター)が世界の複数拠点に設置され、担当空域の火山活動・火山灰雲を監視している。日本では気象庁が東京VAACを運用し、東アジア・北西太平洋の広い範囲を担当する。
噴火発生時には衛星観測・火山観測・気象データをもとに、火山灰雲の位置・高度・移動方向・拡散予測が解析され、航空向けにVAA(Volcanic Ash Advisory)が発表される。運航上重要となるのが火山灰に関するSIGMETであり、これらは航空会社の運航管理者やパイロットが運航判断を行う際の基礎情報となる。なお、航空気象情報を機上へ提供するVOLMETは別の枠組みであり、火山灰対策の中心的情報をVOLMETと同一視するのは正確ではない。
【事実】2017年バリ島——風向きが空港の運命を分けた事例
火山灰と航空の関係を考えるうえで、「風」がもう一つの重要な変数になることを示したのが2017年のバリ島の事例である。
2017年11月、インドネシア・バリ島のアグン山が噴火し、大量の火山灰が上空へ放出された。火山灰が空港周辺の空域に広がったことで、バリ島の玄関口であるングラ・ライ国際空港は閉鎖され、多数の国内線・国際線が欠航した。11月27日時点では445便がキャンセルされ、約5万9,000人の旅行者に影響が出たと空港側は発表している。
世界有数の観光地であるだけに、影響は航空交通にとどまらず、足止めされた観光客を通じてホテルや交通機関など観光産業にも波及した。
火山活動そのものが完全に終息したわけではなかったにもかかわらず、11月29日、ングラ・ライ国際空港は運航を再開した。その理由は、上空の風向きの変化だった。火山灰が空港周辺から南・南西方向へ流れ始めたことを受け、当局は火山灰情報(VAA)の警戒区分をレッドからオレンジへ引き下げ、空港の運用再開を決定した。
この事例が示すのは、「火山が噴火している=すべての航空機が飛べない」という単純な関係ではないという点である。航空運航上重要になるのは、噴火地点そのものよりも、火山灰がどの高度まで上昇し、どの方向へ流れ、空港・航空路とどう重なっているかという動的な要素である。風向きが変われば、火山活動が継続していても運航は再開され得るし、逆に一度再開した後でも、風向きが再び変化すれば火山灰が戻り、運航停止に戻る可能性もある。当時の当局も、火山灰の拡散状況と風向きの評価を繰り返し行っていたとされる。
【事実】航空会社の基本方針は「回避」
火山灰雲は積乱雲のように「多少なら中を飛んでも大丈夫」という扱いをされる対象ではなく、原則として回避すべき航空ハザードとされる。影響が予想される空域が航空路と重なれば、航空会社は必要に応じて飛行ルートを変更し、迂回距離の増大に伴い飛行時間・燃料消費量も増加する。安全な代替ルートを確保できない場合には、運航そのものを取りやめる判断も行われる。
空港周辺への降灰時には、欠航に加え、出発見合わせ・大幅遅延・到着便のダイバート・航空路変更・滑走路の一時閉鎖といった措置が状況に応じて取られる。地上に堆積した火山灰は、離着陸機によって巻き上げられジェットエンジンに吸い込まれる危険もあるため、視程や滑走路状態と合わせた総合判断が必要になる。
こうした原則は、決して過去の教訓にとどまらない。2026年9月、インドネシアではまさにこの原則が現実の運航に適用される事案が発生している。
【事実】2026年9月:アナク・クラカタウ噴火による大規模な運航影響
現地時間9月4日夜(協定世界時16時20分頃)、スンダ海峡のアナク・クラカタウが継続的な爆発的噴火を開始した。噴煙・SO2雲は上部対流圏まで上昇し、衛星観測では噴煙高度が最大で高度18〜20km程度に達したとみられる。これは本稿冒頭で述べた「旅客機の巡航高度帯(約1万m)」を大きく上回る高さであり、火山灰が航空機にとっていかに高い高度まで脅威となり得るかを、あらためて示す事例といえる。ジャカルタを含む西ジャワ方面には降灰が拡散した。
運航面では、インドネシア運輸省の発表として、9月8日時点までの累計で約2,961便(国内線2,339便・国際線622便)が欠航・遅延・目的地変更などの影響を受け、影響を受けた乗客数は約27万人〜34万人規模(発表時点により数値に幅がある)とされる。スカルノ・ハッタ国際空港を含む8空港が一時閉鎖され、順次9月8日前後にかけて再開した。噴火は9月6日以降、連続的な爆発的噴火から間欠的なストロンボリ式噴火へと沈静化傾向を示したとされる。
警戒レベルはインドネシア地質庁(PVMBG)の4段階中上から2番目にあたるレベルIII(Siaga)が維持され、火口から3km以内への立ち入りが禁止されている。津波の主要因となった2018年の山体崩壊型噴火とは規模・様式が異なり、大規模な津波リスクは指摘されていない。なお、噴火当時、取材目的で同島に接近していたボートの乗員8名(うち報道関係者5名)が行方不明となり、捜索が行われた。
【事実】2026年9月:同時期に活動を継続する他の火山
インドネシアでは同時期、複数の火山で活動が継続している。なかでもジャワ島東部のスメル山は、2026年を通じてほぼ日常的に噴火を繰り返しており、警戒レベルIII(Siaga)のもとで火口から5km、南東のブスック・コボカン川沿いは13km以内への立ち入りが禁止されている。9月上旬にも複数回の噴火が記録されているが、これは本年の平時から続く活動パターンであり、アナク・クラカタウの噴火と直接連動した新規事象とは当ラボは見ていない。イリ・レウォトロク山、イブ山、シナブン山なども継続的に活動しており、インドネシアが位置する環太平洋火山帯(リング・オブ・ファイア)では複数火山の同時活動自体は珍しい現象ではない。
【考察】「噴火=欠航」の背後にある安全思想
当ラボの見解では、火山噴火に伴う航空便の欠航は「念のため飛ばさない」という単純な予防措置ではなく、過去の重大な火山灰遭遇事例から得られた教訓を踏まえたリスク管理そのものとみられる。
BA009便・KLM867便という2件の4発機全エンジン喪失事例は、いずれも死者を出さずに収束したものの、火山灰が推進系・機体・センサー・パイロットの視界にまで及ぶ複合的なハザードであることを示した。この教訓の蓄積がVAAC・VAA・SIGMETという現行の監視・情報伝達体制につながっていると考えられる。
一方、2017年バリ島の事例は、火山灰対策が「距離」だけでなく「高度・風向・風速・拡散予測」を組み合わせた動的なリスク管理であることを示している。噴火が継続していても風向き次第で運航再開が判断される一方、風向きが再び変われば運航停止に戻り得る——この可逆性こそが、火山灰対応が単純な二択(飛べる/飛べない)ではないことの証左だと当ラボは考えている。
そして2026年9月のアナク・クラカタウ噴火は、こうした過去の教訓が現在も有効であることを示す最新の実例である。噴煙が旅客機の巡航高度帯を大きく上回る高さまで上昇し、数千便規模の欠航・遅延と複数空港の一時閉鎖を招いた事実は、火山灰対策が過去の歴史的事例に基づく「念のための備え」ではなく、現在進行形で運用され続けている安全システムであることを裏付けている。
利用者にとって噴火による欠航は大きな不便であるが、その判断の背後には、40年以上にわたって積み上げられ、いまも更新され続けている火山灰監視・回避システムが存在している、というのが当ラボの分析である。
参考リンク
- Wikipedia「British Airways Flight 009」
- Wikipedia「KLM Flight 867」
- ABC News「Bali volcano: Ngurah Rai Airport reopens after closure due to Mt Agung eruption」(2017年11月29日)
- Al Jazeera「Thousands stranded as Anak Krakatau eruption shutters Indonesian airports」(2026年9月8日)
【付記】本稿はOSINT(オープンソース)に基づく当ラボ独自の分析であり、航空当局や航空会社の公式見解を示すものではありません。事実関係については英語圏の一次報道・公的記録(Wikipedia、ABC News、Al Jazeera等)を突き合わせて確認しています。2026年9月のインドネシア火山活動に関する記述は同月14日時点の公開情報に基づくものであり、被害・欠航便数などの数値は発表時点により変動し得ます。今後の追加情報により内容を更新する可能性があります。
―航空インテリジェンスラボ|2026年9月15日
